> 「独占スクープ!潜入取材、ボックス席からの眺め(その2)」
ゼッフィレッリのアイーダの演出では第5番目のヴァージョンである。
やはり見どころは、第2幕2場の凱旋行進の場面であった。

舞台には、延べ300人…。
舞台稽古は大変だったであろう。
まるで運動会の入場行進を仕切る、体育の先生よりも苦労したであろう。
なぜなら、子供たちのほうが言う事を聞くからである…。

彼が日本公演で演出したときは、700人いたそうだが、
300人のイタリア人よりも扱いやすかったのは、間違いない。

しかし驚いたことに、凱旋行進への舞台転換は早かった。
なんと、25秒。
その後、現れた巨大エジプト神殿…、
まるでルネサンスの絵画を見ているようだった。

ルネサンスの絵画のように華やかで、
ルネサンスの絵画のように安定感のあるのだ。

「アレクサンドリアでの聖マルコの説教」(ブレラ絵画館)を
ふと感じさせ、縦と横のラインが直角に交差する構図を描き、
左右対称のバランスの良い舞台である

…が、あの時代の絵画は実際ありえないことが多い。
レオナルド・ダ・ヴィンチの「最後の晩餐」を例に挙げてみても、
実際は全員横一列で、食事をすることなどない。
すし屋のカウンターじゃあるまいし…。

つまり彼の舞台も、
ルネサンスの絵画のように現実的でないのだ。

まさに、ゼッフィレッリ・ワールドである。

非常に分かりやすかった点は、
舞台上で遠近法の中心となる消失点にエジプト国王を置き、
そこを中心とする放射線状のラインは、
そのまま当時のヒエラルキーを表現していた。

まるで美術館の中を歩いているような、色彩豊かな舞台。
それぞれの場面に相互性があったら、
より流動的な舞台であったかもしれない。

例えば、「最後の晩餐」「キリスト磔刑」「死せるキリスト」は
それぞれ個々の作品として取り上げられるが、
話としては、一連の流れの中の一場面にしかすぎないのだ。

それぞれ個々のものは優れているが、
全体の流れにかけている舞台…。
その象徴的な現れとして、
「例の事件」が起こったのかもしれない。
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by scalaza | 2006-12-14 08:48

川倉 靖(かわくらやすし)氏による2009-10年スカラ座オペラのブログです。
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