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「芸術の町・フィレンツェ」
先日、仕事でフィレンツェに行ってきました。

片道3時間かけ、ウフィッツィ美術館で絵画を説明し、
また3時間かけて帰って来るという荒業…。
疲れたのは私だけではない、お客様も疲れたはずだ。

それでもなお、魅力ある町なのであろう。

さて、フィレンツェと言えば、
「ルネサンスの絵画」というイメージのほうが先行するが、
実はオペラが誕生した町でもあるのだ。

劇的な表現様式を可能にする音楽手法は「モノディ様式」、
独唱が行う劇的様式となる。
それはフィレンツェのカメラータcamerata伊語(a.1570-92)
といわれるグループがこれを生み出したのだ。

カメラータは同志を意味し、フィレンツェのバルディ家に集まった。
彼等は古代音楽の復興を論じた音楽家と文学者であった。

主要なメンバーは保護者のバルディ伯爵、
音楽家としてはガリレイ(彼の長男がガリレオ)、
ペーリ、カッチーニ、ストロッツィ等の音楽家と
詩人のリヌッチーニであった。

カメラータの最初の目的は古代ギリシャ劇の復興であった。
ルネサンス発祥の地フィレンツェではキリスト教文化以前の、
古代ギリシャ・ローマ文化を再認識する動きが盛んであった。

しかしギリシャ古代の演奏様式を復活させることを目的にしていたのに、
独唱と器楽伴奏によるレチタティーヴォrecitativo(叙唱)を作り出し、
古代ギリシャ劇に範を求め、歌詞の朗唱法と情緒の表出、
また、歌唱の一致を考えた。

この考えがモノディー様式の成立と多声音楽の廃止へと導いていく。

さて、オペラは祝典的な宮廷音楽として生まれた。
台本全体に音楽がつけられ、衣装や舞台装置を伴うオペラは、
遊びと啓蒙的な要素も混じり合った音楽分野となった。

現存する最古のオペラは、
ペーリ作曲「エウリディーチェ」(1600年初演)で
史上第2番目のオペラとなる。

このオペラはフランス王アンリ4世と
メディチ家のマリアとの婚礼を記念して、
フィレンツェのピッティ宮殿で初演された。
これは音楽としてはモノディ様式の朗唱に終始する単調なものであるが、
つめかけた貴族たちに大きな感銘を与えたといわれている。

建築、絵画、音楽の発展には多少のずれがある。
絵画の発展はルネサンス期に対して、
音楽はバロック以降になってしまう…。

「フィレンツェ」のイメージが音楽というよりも
絵画の町という印象を受けてしまうのはここから来るのだ。
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# by scalaza | 2007-01-15 18:23
「起死回生・アラーニャ王子」
1992年、アラーニャはスカラ座で「椿姫」に出演している。
これがその映像です。
http://youtube.com/watch?v=qdxm5fumPAw&mode=related&search=

悪くないのだ。
と言うよりも、非常に良い。
彼は自分の声質に合う役を演じていれば良かったのだ。

そもそもテノール、テナー(tenore)は、
高い声域の男声歌手(カウンターテナーほど高くはない)
あるいはその声域のこと言い、
「テノール」の呼び名は「保つ」を意味するラテン語のtenere、
「(主旋律を)保つ者」の意で、
元々グレゴリオ聖歌の長く延ばして歌う部分を指した。

オペラ歌手の場合は、
テノールの声質を以下のように分類、形容することがある。
上の方の声質は「軽い、柔かい、若々しい」印象を、
下の方はより「重い、たくましい」印象を与える。

一人の歌手の声質が加齢とともに変化していくことも多く、
殆どの場合それは「軽い→重い」の方向となる。

1)レッジェーロ
  役柄:単純バカ、お調子者
2)リリコ
  役柄:王子様
3)リリコ・スピント
  役柄:叙情的なロマンチスト
4)ドラマティコ
  役柄:英雄

アラーニャの場合も「椿姫」のような、
リリックな役柄が彼のハマリ役であった。

まるで、今までコメディードラマにしか出ていなかった俳優が、
いきなりハードボイルドな役柄に挑戦してしまったようである。

昔、渥美清の演じる「金田一耕助」を見たことがあった。
決して悪くはなかったのだが、最初から最後まで、
「寅さん?」っていう固定観念が取れなかった。

「アイーダ」のラダメス役も決して悪くない。
ただ、聴衆のラダメス像のほうが強かったのだ。

あとは、人それぞれの好みの問題である。
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# by scalaza | 2006-12-29 07:01
日本オペラ「脳死をこえて」
オペラというと「イタリアオペラ」が代名詞のようになっているが、
「日本オペラ」と言うものも当然、存在する。
何を言っているのか分からないイタリア語より、
ある意味、ストレートに私たちの耳に入るであろう。

「脳死をこえて」と言うオペラはご存知であろうか?

時代は1983年…。
場所は主に京都府立医大付属病院という、ごく身近な設定である。
若い妻の日常生活の中に、突然、夫が交通事故に遭ったという連絡。
緊急手術を行った大津の病院で脳死の宣告を受け、
脳死と植物人間との違いや、(当時の)脳死判定基準が歌われる。

夫の手を握ると暖かいので、死んでいると思えない妻は、
京都の病院の主治医の所への移送を願う。

脳外科医や移植医が臓器移植を勧める一方、
患者の家族の心情も考え葛藤する主治医。
その主治医が患者の妻に臓器移植を提案し、
妻が承諾するストーリーがメインになる。

そして、移植適合者一位に選ばれながら、
濃霧で飛行機も船も出ず、京都の病院まで行けずに
焦って荒れ狂う徳島の少女とその父親。

適合者二位に選ばれて病院まで来たものの、
結局、一位の少女が到着して移植は受けられず、
落胆する主婦とその家族。

移植を受ける側の心情も場面として挿入し、
物語を多面的に厚くしている。

イタリアオペラのような、惚れた腫れただけがオペラではない。
ドラマ性のあるものには、すべてオペラ化が可能なのである。
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# by scalaza | 2006-12-28 07:10
「レオナルド・ダ・ヴィンチ的舞台演出」

皆さんはもう「最後の晩餐」はご覧になったであろうか?
「ダ・ヴィンチ・コード現象」で今年一年も、かなり予約がとりにくかった。
個人で予約は難しい状態なので、旅行会社を通すわけだが、
それも早めに予約しないといけないのが現状である。
ミラノに滞在予定の人は、お問い合わせください。

その「最後の晩餐」は、15分という鑑賞時間のために、
あらかじめ完璧な下調べをしておかなければならないのである。

修道院の食堂に書かれた大きな壁画を見ると、
まるで劇場の中にいるような気がする。
客席から舞台を見ているような一体感…。
ルネサンスの絵画は「雛人形的」な「おすましポーズ」が殆どだが、
彼の絵画に登場する人物は、みな動いているのだ。

彼は空を飛んでいる鳥や、走っている馬をスケッチしたのだが、
動いている物体を目に焼き付けることが可能であった。

最後の晩餐もキリストの爆弾発言に対する「パニック状態」を、
まるで舞台写真を見ているように、見事に表現している。

彼は舞台演出家でもあったからだ。

つまり、あの横一列に並ぶ配列は舞台上でしかありえない。
キリストの声が水の波紋のように広がっていくため、
一番遠くにいる人物は、声が聞こえにくく身を乗り出して聞こうとしている。

例えば、日本のテレビドラマでもそうだが、
主役というのは、意外と演技が下手でもいい。
名脇役をそろえれば、ドラマが十分に成り立つ。
この最後の晩餐も同様、
キリストは、まるで大根役者かと思うくらい身動きがない。
まわりの弟子たちの演技力の高さによって支えられている。

このようにレオナルド・ダ・ヴィンチは、
舞台での視覚効果、ドラマチック性にも熟知していた人物であった。
ここは現在の劇場の原点でもある。

さてこの最後の晩餐は、絵画の右側の壁が明るく描かれており、
左側の壁が暗く描かれている。

なぜだと思いますか?

その答えは、実物を見た人だけが分かることでしょう。
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# by scalaza | 2006-12-24 08:36
「速報!アイーダのチケット残りわずか」
何かと話題になっていたスカラ座の「アイーダ」。
年内の公演は22日で、ひとまずお休みです。
この後は「クリスマスコンサート」や
「くるみ割り人形」などの公演が行われ、
「アイーダ」は、また来年1月3日から始まります。

栄えあるスカラ座第一発目のオペラ「アイーダ」で、
2007年、新年を迎えましょう!

チケットのお申し込みはお早めに!
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# by scalaza | 2006-12-21 21:47
「ロベルト・ボッレという男」
スカラ座の12月公演はアイーダと平行して、
「くるみ割り人形」(チャイコフスキー作曲)が始まった。
そして今回の見どころも、やはりプリモ・バレリーノである、
ロベルト・ボッレであろう。

1975年生まれのイタリア人のバレエ・ダンサー。
ミラノ・スカラ座のエトワール(トップ・ダンサー)である。
187センチ、髪の毛は黒に近い茶、目は緑という、
美貌とエレガントな踊りで知られている。

カザーレ・モンフェッラート(トリノ近郊)生まれ。
非常に若くしてスカラ座バレエ学校に入学する。
スカラ座バレエ団に入団してわずか2年後の1996年、
「ロメオとジュリエット」公演の終演後、
プリモ・バレリーノに指名される。

クラシックやコンテンポラリー・バレエの主役として活躍、
1996年にはわずか21歳で国際的キャリアへの道を踏み出す。

カイロ歌劇場創立10周年記念では、
ギーザのピラミッドでの大スペクタクルの「アイーダ」に参加。
1998年からはスカラ座のレジデント客演アーティストとなる。

2003年から2004年のシーズンにはスカラ座から
エトワールの称号を受ける。

1999年からロベルト・ボッレはユニセフの親善大使を務め、
2006年トリノ冬期オリンピック開会式に
イタリアを代表するバレエ・ダンサーとして出演…。

この華々しい経歴を見るだけでも、ちょっと興味が沸いてくる。

今回の「アラーニャ・スキャンダル」にも、
彼の人気度が一枚かんでいるらしいのですが、
「アイーダ」の第2幕2場、バレエシーンの拍手の大きさに、
アラーニャが気分を害したともいわれています。

第2幕の演出上、アクティング・エリアが
非常に狭いという悪条件でも彼は見事に表現し、
ラストは「踊るギリシャ彫刻」の一人舞台で締めくくる。

たった4分40秒の官能的なバレエシーン…。
スカラ座初日のニュースは、ロベルト・ボッレの凱旋でもあった。
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# by scalaza | 2006-12-19 03:59
「例の事件」
「アイーダ」の公演中に観客のブーイングで主役歌手退場

CNNニュースより。
ミラノ――ミラノ・スカラ座で7日から公演が始まったベルディーのオペラ、「アイーダ」の舞台で10日、主役を演じていたフランス人テノール歌手、ロベルト・アラーニャ(43)が、観客からブーイングを受けたために公演中に退場してしまい、舞台衣装をつけていない代役が急きょ出演し、主催者が第3幕の開始前に観客に謝罪する、というハプニングがあった。

(中略)

このブーイングは、アラーニャが初日公演後に行った新聞とのインタビューで、スカラ座の観客は要求が多く難しい、と述べ、今回のアイーダには出演するがスカラ座での今後の公演はキャンセルする、と発言していたことに対して、観客が反発したものと見られる。

アラーニャは初日公演について、批評家から辛口のコメントを受けていたこともあり、ブーイングを受けた後、気分を害して舞台から退場してしまった。デュエットを歌うはずだった共演者は「ソロ」でその場を切り抜けたという。

観客席からは「恥を知れ」との声が上がり、劇場内は一時騒然した雰囲気となったが、ジーンズに黒いTシャツ姿の代役が舞台に上がって公演を継続した。

地元メディアによると、この代役は「急に捕まえられて、舞台に放り出された。思いがけない試練だったけれど、乗り越えられたようだ」と語り、公演終了後、観客による拍手喝さいは9分間も鳴り止まなかったという。

アラーニャによると、彼の妻でソプラノ歌手のアンジェラ・ゲオルギューも、オペラ座で来年上演予定の「椿姫」への出演を中止することを検討中だという。

そして、これが問題映像です。
http://multimedia.repubblica.it/home/503086

勝利の凱旋行進から一転して、死刑宣告を受けてしまうラダメス…。
この転落の軌跡はアラーニャのそれと似ている。

連日、新聞各紙で取り上げられる「アラーニャ・スキャンダル」。
思わぬ風当たりの強さに、ミラノのどこかで耐え忍んでいるのであろうか?

それとも案外、モンテ・ナポレオーネ通りで買い物に夢中だったりして…。
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# by scalaza | 2006-12-15 18:05
「独占スクープ!潜入取材、ボックス席からの眺め(その2)」
ゼッフィレッリのアイーダの演出では第5番目のヴァージョンである。
やはり見どころは、第2幕2場の凱旋行進の場面であった。

舞台には、延べ300人…。
舞台稽古は大変だったであろう。
まるで運動会の入場行進を仕切る、体育の先生よりも苦労したであろう。
なぜなら、子供たちのほうが言う事を聞くからである…。

彼が日本公演で演出したときは、700人いたそうだが、
300人のイタリア人よりも扱いやすかったのは、間違いない。

しかし驚いたことに、凱旋行進への舞台転換は早かった。
なんと、25秒。
その後、現れた巨大エジプト神殿…、
まるでルネサンスの絵画を見ているようだった。

ルネサンスの絵画のように華やかで、
ルネサンスの絵画のように安定感のあるのだ。

「アレクサンドリアでの聖マルコの説教」(ブレラ絵画館)を
ふと感じさせ、縦と横のラインが直角に交差する構図を描き、
左右対称のバランスの良い舞台である

…が、あの時代の絵画は実際ありえないことが多い。
レオナルド・ダ・ヴィンチの「最後の晩餐」を例に挙げてみても、
実際は全員横一列で、食事をすることなどない。
すし屋のカウンターじゃあるまいし…。

つまり彼の舞台も、
ルネサンスの絵画のように現実的でないのだ。

まさに、ゼッフィレッリ・ワールドである。

非常に分かりやすかった点は、
舞台上で遠近法の中心となる消失点にエジプト国王を置き、
そこを中心とする放射線状のラインは、
そのまま当時のヒエラルキーを表現していた。

まるで美術館の中を歩いているような、色彩豊かな舞台。
それぞれの場面に相互性があったら、
より流動的な舞台であったかもしれない。

例えば、「最後の晩餐」「キリスト磔刑」「死せるキリスト」は
それぞれ個々の作品として取り上げられるが、
話としては、一連の流れの中の一場面にしかすぎないのだ。

それぞれ個々のものは優れているが、
全体の流れにかけている舞台…。
その象徴的な現れとして、
「例の事件」が起こったのかもしれない。
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# by scalaza | 2006-12-14 08:48
「独占スクープ!潜入取材、ボックス席からの眺め(その1)」
何を着て行こうか…。
そういうことに頭を悩ますのも、楽しみの一つである。

今回は、失敗を繰り返さないように、十分に体調を整え、睡眠をとり、
また途中でお腹が鳴らないように、軽く食事もとっておいた。

完璧である。

すると不思議なことに、ヴィットリオ・エマヌエレ2世のアーケードは、
天国へ続く道のように、光り輝いているのだ。
道行く人々、オープンカフェに座っている人々は皆、
私に微笑みかけているようにさえ感じる。

そう、生まれて初めてのボックス席に、
私は明らかに浮き足立っているのだ。

ガレリア席専用の入り口から入っていった昔の私よ、さようなら…。
正面入り口から颯爽と入っていく私の耳に、
ふと、リングサイドの鐘の音が聞こえた気がした。

試合が始まったのだ。

ホワイエでの身のこなし…、まずは合格。
つかみはオーケーである。

しかし、この滅多に味わえないハイソサエティーな空気と、
夢のような上流階級の空間で、ひとつだけ気になることがあった。

むせ返るくらいに漂っている香水の中で、
私の周りだけ、さっき食べた「ケバブ」の匂いが漂っている…。

「オニオン抜き」にしなかったのは、唯一の誤算であった。
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# by scalaza | 2006-12-13 08:48
「清きアイーダ」
豪華絢爛オペラのステレオタイプであるヴェルディ作曲の「アイーダ」。
中学生の音楽の教科書にまで載った、イタリアオペラの代表作である。

余談だが、私が学生のころの教員採用試験に、
「アイーダのあらすじを書け」と言うのがあったが、
ほかの学部の生徒にはかなり酷な問題であった…。

その「アイーダ」の最大の見どころは、
第2幕2場の勝利の凱旋行進とそれに続くバレエ。
「これぞオペラ!」と言わせるほどである。

しかし凱旋行進とバレエを合わせても、たったの6分15秒…。
2時間半のオペラの中では、ただのワンシーンにすぎないのだ。

実は「アイーダ」とは、
ドロドロの三角関係、三つ巴の人間関係を描いた
「昼のメロドラマ」なのである!
ただ舞台が古代エジプトに移っただけなのだ。

1人の男をめぐって対立する、2人の女。
父を助けたい、でもそれは彼を裏切ることになると苦悩する女。
愛する男を死に追いやってしまう女の苦しみ。
死を共にすることで結ばれる男女の愛。

主婦が好きそうな話が盛りだくさんである。

昼メロに例えると「アイーダ」の凱旋行進の場面とは、
主役である大物女優が、旦那の愛人に向かって、
「この泥棒猫!」と罵っている、非常に緊迫したシーンの後、
突然、コマーシャル・イン。

「アクロンなら毛糸洗いに自信がもてます…」

と、コミカルな音楽が流れてくるようなものである。
食い入るようにテレビを見ていた主婦も、
その時ばかりは、ソファーに深く腰掛け、
つい煎餅に手を伸ばしてしまう…。

これが第2幕2場の役割なのである。

夕方、買い物に出かけた主婦の頭に浮かんでくるメロディー。

「アクロンなら毛糸洗いに自信がもてます…」

あ、そうよ!アクロン買わないと…。

スポンサーの思惑通りなのだ。
緊張の後に生まれる「インプリンティング」。
インパクトのあるメロディは、私たちの耳に強烈に残ってしまう。

おそらく「アイーダ」を見たあと、
私たちの頭の中には、凱旋行進曲が流れているに違いない。

まさにヴェルディの思惑通りなのだ。
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# by scalaza | 2006-12-13 01:56
   

川倉 靖(かわくらやすし)氏による2009-10年スカラ座オペラのブログです。
by scalaza
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