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スカラ座「椿姫」特集、その②
豪華絢爛オペラのステレオタイプである、このスカラ座「椿姫」。
d0103431_17292176.jpg

今や、もうスカラ座の十八番になっている。
もともとは92年に製作された演出である。

参考動画
http://jp.youtube.com/watch?v=xrFftnmkzPw

一途で純粋なアルフレードの愛によって、真実の愛を知る。
尊い自己犠牲と、燃える情熱、甘い旋律が満載されているこのオペラは、
1853年に作曲、初演されている。

物語の設定も1850年代ということは、
当時にしてはまさに「トレンディードラマ」(死語?)だったのである。

一幕30分、休憩35分。
二幕60分、途中の場面転換に7分と休憩30分。
三幕30分。
終了時間は23時20分。
オペラ終了時に日付が変わっていないことは大変素晴らしい。

そして人間国宝級になっている、ソプラノ歌手のデヴィーア。
4月に60歳になったばかりだが、未だに飛ぶ鳥落とす勢いである

こんなにしっくり来る「椿姫」は他では決して見ることが出来ない。
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# by scalaza | 2008-06-11 17:59
スカラ座「椿姫」特集、その①
究極の悲恋ドラマといえばこの「椿姫」である。

舞台は1850年ころの花の都、パリ。
南仏・プロヴァンスから「ご遊学」にやってきたお坊ちゃんアルフレードは、
ある日、オペラ座で椿の花を片手に優雅にオペラを見る
ヴィオレッタに一目ぼれをした。
彼女は高級娼婦だが、教養があり気位も高く、
大金持ちのパトロンもいて贅沢三昧の日々を過ごしていた。

アルフレードはその日から毎日彼女のサロンに通いつめ、
必死で口説く彼の真摯な姿に
いつしかヴィオレッタも真実の愛に目覚める…
オペラ開始から25分後のことである。

ジェットコースター式に展開が速く、場面は突如変わって3ヵ月後。

アルフレードは彼女のために全てをなげうって
…といっても何の職業をしていたのか未だに謎であるが、
ヴィオレッタとの純愛に生きていたところに水が入った。

彼の父親がやってきて
「アルフレードを愛しているなら彼の将来のため分かれてほしい」という。
彼のために身を引く決意をするが、
何も事情を知らないアルフレードは「逆ギレ」して
パーティー席上でヴィオレッタを侮辱する。

失意のままに華やかな社交界から身を引いた頃、
結核の症状もますます進行し、パトロンにも逃げられ、
今では生活費もやっとの毎日である。
残り少ない日々をアルフレードとの思い出を胸に生きている…。

すると大展開、アルフレードが真実を知って詫びに来たのだ。
ほぼ危篤状態なのにもかかわらず、
かなり激しい二重唱で再会を喜ぶのだが、時はすでに遅し。
彼の腕に中で静かに死んでいく…。
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# by scalaza | 2008-06-11 03:50
NEW YEAR カウントダウン
ずいぶん前に見つけた動画ですが、
2006年から2007年の年越しコンサートです。

http://jp.youtube.com/watch?v=A3F49-50lBI

これを見て皆さんは、いかが思うでしょうか?
ありえない事をするのが日本だと思います。

例えば夜中の12時にピッタリ演奏を開始するなら分かります、
12時ピッタリに演奏を終了することが出来るのでしょうか?
しかも一秒も狂いなく…。

カウントダウンの残り10秒くらいは、
見ているこっちが緊張しました。

とても感動的な演出かと思いますが、
一秒たりとも狂い許されない状況が怖いです。
「時間」というものに対して、
「柔軟な考えの」(いい加減とも言う)イタリアでは、
演奏途中に年越しがあるくらいです。
番組スタッフの時間の読みが甘かったのですね…。

それもどうかと思いますが、
日本の一秒の狂いも許されない状況の延長上に、
列車事故などがあるような気がしてなりません。

私たちの、通訳という仕事では、
このイタリアの感覚と、日本のお客様との板ばさみで、
苦労することが多いのですが、
お互いに見習うところはあるかもしれませんね。
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# by scalaza | 2008-02-18 08:51
「マゼッパ」
やはり今年も見てしまいました。
「のだめカンタービレ」新春スペシャル。

その中でちょっと気にになる曲があったのですが、
のだめちゃんが弾いていた「マゼッパ」(Mazeppa)。
フランツ・リストの音楽作品です。

ピアノの「超絶技巧練習曲」版では、
高音部、中音部、低音部の3行に分かれて書かれています。
いわゆる三段譜です。

普通の楽譜は高音部と低音部の二段を、
右手と左手に分けるのですが、
三段という事は、かなりの技術性が必要不可欠となります。

実は私はこの曲をはじめて聴いたのですが、
ピアニストには、限界がないですね。

参考までに、
チャイコフスキー・コンクールでの演奏、
Miroslav Kultyshevのマゼッパです。

http://jp.youtube.com/watch?v=LQPX_r7ifZA

彼は二位でした。(ちなみに一位は誰もいません。)
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# by scalaza | 2008-01-14 21:29
「トリスタンとイゾルデ」
1857年から1859年にかけて作曲されたこの楽劇は、
1865ミュンヘンで初演され、3幕もの4時間コースとなってしまった。

トリスタンはスコットランド国王マルケの甥で、
王妃となるイゾルデを迎えに行くが、
その帰路、彼女の媚薬により2人は愛し合うようになり、
最後は悲劇で終わる。

短縮すれば、説明は5秒とかからない。

さて、この作品はワーグナー自身の友人、
ヴェーゼンドンク夫人マティルデとの悲恋が投影されているらしいが、
真意のほどはなんともいえない。

音楽的には半音階和法を徹底し、
前奏曲、第2幕の愛の二重唱、
最終場面の「イゾルデの愛の死」がよく知られる。

また、本楽曲はトリスタン和音が使われている曲としてもよく知られ、
この無限旋律がまるで螺旋のように高まっていく愛の二重唱。
永遠の夜と死をたたえ、
昼の世界の名誉や誇りのむなしさを、小一時間も呪っていた…。

イタリアオペラばかり見ていると、
愛の表現の仕方にギャップを感じてしまう。
「限りなく相手の耳元で愛をさけぶ」イタリアのほうが分かりやすい。

ある意味、快楽至上主義的なイタリアにくらべ、
理路整然とカマストラをまじめな顔で語られているようだ。

スイスを挟んでこうも感覚が違うのか?
アルプス山脈は偉大である。
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# by scalaza | 2008-01-08 18:29
「2008年は4時間耐久オペラから」
本当に久しぶりにスカラ座へ足を運んだわけだが、
去年の秋口にも行ったことを、その時ようやく思い出した。

すっかりそのことは忘れてしまっていた理由は、
ファビオ・ヴァッキの新作オペラ「テネケ」が、
あまりにも難しい作品であったため、
記憶から自動消去されていたのである。

そして新年明けて、1月2日。
スカラ座の今シーズン開幕オペラである、
「トリスタンとイゾルデ」を見に行く機会をいただき、
その夜は、いつ夕食をとったらいいのか…、
その心配から入らなければならなかった。

18時30分開演。
一幕80分、休憩40分。
二幕80分、休憩40分。
三幕80分。
23時50分終演。

今回に限っては、休憩中に一度外に出るという技を使ってみた。
スカラ座を一度出て、再度入場する時は、
入り口にて再入場券を受け渡される。

これを持って、一回目の休憩で夕食を買いに行き、
二回目の休憩でしっかり食べる…。

完璧であった。

ワーグナーには痛い目に会わされたことがある。
その昔、学生のころ見に行った「ラインの黄金」…。

何の知識も持たずに行き、
しかも会場内に入ったと同時に暗くなったのである。
高を括っていた私は、
途中の休憩か拍手の時にでも席に付けばいいと思って、
会場の一番後ろで立ったまま機会をうかがっていたのだ。

しかし、「ラインの黄金」全一幕2時間30分。
音楽はノンストップ・リミックスに気がついたのは、
オペラ終了時に会場が拍手に包まれた時であった。

恐るべしワーグナー。

彼はヴェルディと「タメ」なのだが、
生まれた場所と環境で、こうも作品が違ってくるのか…。

トリスタンとイゾルデの1時間にわたる愛の二重唱。
ありえないね。
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# by scalaza | 2008-01-07 08:38
「眠れる森の美女」の続き
くだらない前置きはこのくらいにして、この「眠れる森の美女」。

「眠りの森の美女」とか「眠り姫」とか「茨姫」とか言われるらしいが、
一般的には「眠れる森の美女」が正しいようだ。

バレエ作品としての「眠れる森の美女」は、
1890年にサンクトペテルブルグで初演された。
3時間もの大作で、現在も多くのバレエ団が上演している。

当時、劇場の総裁だったフセヴォロシスキーが、
豪華絢爛なバレエ作品を作りたい、と考えたことから制作が始まった。
振り付けはプティパ、音楽はチャイコフスキー。

チャイコフスキーは「白鳥の湖」での失敗があり、
もうバレエ曲は作らないと決めていたという説もあるが、
音楽が失敗だったわけではない。

バレエ曲を作曲すること自体はその後も検討していたので、
「眠れる森の美女」の場合は台本に感動して
仕事を引き受けたとされている。

現在、チャイコフスキーの三大バレエの一つといわれる。

三大バレエ…、さて、もうひとつは何でしょう?
就職試験の一般教養にも出てくる問題らしいです…。
別に知らなくても、生きていけるんですけどね。

チャイコフスキーは1840年に生まれた、ロシアの作曲家。
バレエ音楽や6つの交響曲などで有名である。

ボロディン、バラキレフ、ムソルグスキー、キュイ、
リムスキー=コルサコフのロシア五人組の国民楽派に対し、
チャイコフスキーは西欧派と呼ばれている。

彼の曲は全般にわたり、叙情的で流麗、
絢爛豪華なオーケストレーションであるが故、
現在でも大変人気がある。

したがってクラシック入門などの企画では、
必ずチャイコフスキーの曲が挙げられる。

作風はリズムの天才と言われ、
一つのフレーズを発展の連結にしたり、半音階上昇させたり、
または下降させたりと他の作曲家には見られないものがある。

曲想はメルヘンチックであり、ロマン濃厚といわれる表情が見えたりする。

チャイコフスキーは同性愛者であったとする説もあり、
当時のロシアでは重大問題であったがための苦しみが
作品にも反映しているとして、
彼の紡ぎ出すメランコリックな旋律は、
この方面から解釈するという見方もある。

バレエ「眠れる森の美女」は、
忠実に翻訳すれば「眠れる美女」
(原題Спящая красавица)。

王女の両親(国王と王妃)が娘の100年の眠りを生き長らえて、
眠りから覚めた姫の晴れの婚礼を見届けるという部分や、
王子のキスで目覚める部分などはグリム童話の「いばら姫」に近いが、
チャイコフスキーが取り組んだ台本は、
ペローの童話を基にフセヴォロジスキーが書き下ろしたものとされている。

あらすじを、得意の箇条書きにしてみると、

1)オーロラ姫の誕生により、盛大な洗礼の式典
2)邪悪な妖精カラボスは自分が洗礼に招待されなかったことに怒り狂う
3)オーロラ姫に呪いをかける

「オーロラ姫は、20回目の誕生日に彼女の指を刺して、死ぬでしょう。」

4)リラの精が宣言

「カラボスの呪いの力は強すぎて、完全に取り払うことはできません。
したがって姫は指を刺すでしょうが、死ぬことはありません。
100年間の眠りについたあと、いつか王子様がやってきて、
彼の口づけによって目を覚ますでしょう。」

5)オーロラ姫、20歳の誕生日
6)バラを持ったままで踊り、誤って指を刺す
7)リラの精は城にいた全員に眠りの魔法をかける
8)デジレ王子が一行を率いて狩りをしている
9)リラの精が現れて、オーロラ姫の幻を見せる
10)デジレ王子、城にたどり着く
11)王子のキスによってオーロラ姫は目を覚ます
12)王子は姫への愛を告白し、結婚を申し込む

このバレエの焦点が、リラの精に象徴される「善の力」と
カラボスに象徴される「悪の力」との葛藤に置かれ、
それぞれを表わすライトモチーフの両方が、
話の筋を強調する重要な撚り糸として機能しながら、
バレエ音楽全体を貫いているのである。

チャイコフスキーは1893年に他界するが、
「眠れる森の美女」が国際的なレパートリーとして
不朽の地位を射止めたのは、
1921年のロンドン公演においてであった。
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# by scalaza | 2007-05-20 18:24
「眠れる森の美女」
たまたまチケットを頂いたので、スカラ座へ行くことになった。

チケットカテゴリーは、ボックス席。しかも前列。
ボックス席は、舞台を横から見る席で、
前列二人、その後ろに二人の4人。
舞台を正面に見る席は2+2+2の6人である。
その最前列とはちょっと嬉しい。

さらに、今まで自宅からスカラ座に行く時には、
ドゥオーモ広場まで行き、アーケードを通って行っていたのが、
裏道を通っていけば、自宅からバスと徒歩で15分で着くことが分かった。
さらに嬉しい。

この小さな喜びを噛み締めて、スカラ座に入った。
私は半笑いだったかもしれない。

オペラとバレエの大きな違いは客層である。
土曜日だったので、満員御礼だったのだが、
それに輪をかけて、異常なほどガキが多い。

スカラ座は、演奏を妨げる可能性のある、
「6歳以下のガキお断り」だった気がしたのだが…。

この子達は、バレエ教室に通う宿命、
チケット・ノルマ…?

演奏時間はプロローグと第一幕で70分。
30分の休憩を挟んで第二幕40分。
さらに30分の休憩を挟んで第三幕40分。
終了時間は0時近くである。
ガキにはキツいんじゃないのか?

その昔、わたくしがご幼少のころは、
土曜日の夜といったら、「Gメン75」で力尽きていたのだが、
イタリア人の子供はタフなのだろうか?

さて、ボックス席はオーケストラの真横であった。
最前列に座り、柵のところに手を載せて軽く両手を組む。
舞台は私から見て、斜め45度のところにある。

これは…、まさにモナリザ・スタイルではないか?
唯一の違いは「微笑み」か「半笑い」かである。

しかし、バレエとは本当に楽しい。
選りすぐりの美男美女で構成されるスカラ座バレエ。
「体が資本」のオペラとは大違い。
バレエは体が「商品」なのだ。
彼らのしなやかな動きは、体の硬い私にとって尊敬に値する。

私は通訳という仕事上、
緊張のために、仕事中はとても姿勢がいい。
よくお客様から「バレエ習ってたことあります?」と聞かれるのだ。

ただ、私の背骨は真っ直ぐなだけで、決して曲がらない。

一度だけ、パフォーマンスで、
「私、こんなに硬いんですよ」と、腰を曲げて見せたことがあるが、
あまりの硬さに、一同、ドン引きであった。

そして不思議なことに、舞台の上のバレリーナからは、
まったくの生活感が感じられない…。
まるでショーモデルを見ているようである。

彼女らは家の中でも、こうやって歩いているのだろうか?

しかし一人一人を見ると、
完璧な「踊るマシーン」のように感じるが、
みんなでユニゾンで踊る時は、バラつきが見える。
その辺は人間らしいと言うか、イタリア人らしいというか、
とても微笑ましい。

そして毎度、衝撃を受けてしまうバレリーノの白タイツ。
今回もバズーカが火を噴いたような衝撃であった。(意味不明)

会場内は異常なほどの盛り上がりを見せ、
私自身も本当に楽しむことが出来た。

私は、笑気麻酔を吸い込んだ時ように、
最初から最後まで笑っていたかもしれない。

そこが、「微笑み」と「半笑い」の違いなのだ。
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# by scalaza | 2007-05-20 18:22
イェヌーファ(1894 - 1903)
ガブリエラ・プライソヴァーの戯曲による、
第1幕40分、第2幕47分、第3幕32分のオペラ。
チェコとスロヴァキアでは原作のタイトル「彼女の養女」と呼ばれ、
これまた、昼メロにはぴったりの話である。

仮にドラマ化が実現した場合、

第一話
スキャンダル、イェヌーファの妊娠発覚!

第二話
シュテヴァと結婚したい!しかしその気のない彼

第三話
ラツァの密かな恋心…

第四話
継母の陰謀、閉じ込められたイェヌーファ!

第五話
ラツァ愕然、イェヌーファが出産していた!

第六話
ラツァとの結婚のため、子供を殺す悪魔のような継母…

第七話
良心の呵責、死神が見える!

第八話
子供の死体発見、犯人は誰だ?

第九話
幼児殺しの容疑者、イェヌーファ!

第十話
継母の自白、真犯人逮捕!

第十一話
困難を乗り越え、愛ふたたび!

以上、全十一話がベストな状態であろう。

そして、助演女優賞の継母はこれだ!
http://youtube.com/watch?v=KiC7gJHLVMU
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# by scalaza | 2007-04-30 06:42
ヤナーチェクの「イェヌーファ」
5月半ばまでスカラ座で公演している、
ヤナーチェクの「イェヌーファ」…。
普通に生活している人間なら、
おそらく一生、発音することの無い言葉であろう。

チェコ東部出身の作曲家であるヤナーチェクは、
モラヴィア地方の民俗音楽研究から生み出された、
チェコ語のリズムや旋律を活かした独自の音楽語法を用い、
朗唱風のオペラをはじめ、管弦楽曲、室内楽曲、
ピアノ曲、合唱曲に多くの傑作を残している。

独自の音楽語法を手にしたヤナーチェクは、
1894年から1903年の9年間をかけて完成させ、
彼の代表作の一つであるオペラ「イェヌーファ」を作曲した。

現在、ヤナーチェクは、スメタナ、ドヴォルザークに次ぐ、
時代的にも知名度でもチェコ第三の作曲家であり、
チェコ国民楽派の重要な一人に数えられるが、
先行二者が民俗音楽の旋律やリズムを素材として扱い、
それを既存の古典的な音楽語法に合わせて、
和声や構成を換骨奪胎していったのに対し、
ヤナーチェクは旋律を引用したり、形だけのリズムを切り取ったりはせず、
民俗音楽の語法を自らの語り口にした。

チェコ国外で彼の知名度は高いとは言い難いのはこのためである。

さて、ヤナーチェクの受容史を考える上で、
オペラ「イェヌーファ」は大変興味深い作品である。

この作品はヤナーチェクがモラヴィアの民俗音楽の語法を身につけた後、
9年の歳月をかけて完成させた、この時点での会心作であった。
しかし、「イェヌーファ」の初演をプラハで行うことを希望していたのだが、
プラハの劇場からは「成功するとは思えない」という理由で拒絶されてしまった。

これは劇場の主席指揮者との個人的な確執が拒絶の原因といわれるが、
ボヘミアとモラヴィアでは音楽に大きな違いがあり、
それゆえに「イェヌーファ」完成当時のプラハでは、
ヤナーチェクが人気のある作曲家ではなかったことを示唆している。

ヤナーチェクは、民俗学かぶれの田舎の作曲家にすぎなかったのである。

結局、プラハで「イェヌーファ」の公演が行われたのは、
初演から12年も経った1916年のことで、これは大成功であった。

この成功でヤナーチェクの名はヨーロッパで知られるようになったが、
ヤナーチェクは死後次第に忘れられ、
比較的長く名声が保たれたドイツ語圏でも、
第二次世界大戦により忘れ去られることになった。
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# by scalaza | 2007-04-30 03:56
   

川倉 靖(かわくらやすし)氏による2009-10年スカラ座オペラのブログです。
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